加速器について


1.静電加速器システムの概要

静電加速器は米国National Electrostatics Corporationの製品で、高電圧ターミナルと加速管を内蔵するタンデム型加速器タンク、イオン源、低エナジービーム輸送部、高エナジービーム輸送部、そして5本のビームライン、及び制御コンソールから構成される。各ビームライン末端にはターゲット容器並びに放射線測定機器類が用意されている。イオン源では、各種原子核の負イオンビームが生成され、低エナジービーム輸送部でこの負イオンビームの核種選択、収束、軌道修正が行われる。タンデム型加速管の低エナジー側に入射されたこの負イオンは、最高+170万ボルトに保持された中央部のターミナルに向かって加速された後、ターミナルで負イオンから正イオンに変換される。この正イオンは加速管の高エナジー側でさらに加速される。 高エナジービーム輸送部では、この正イオンビームの収束、偏向が行われ、各ビームラインに配分される。各ビームライン先端には、高真空もしくは超高真空ターゲット容器が設置されており、ターゲットにビームを照射して種々の実験に利用される。
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1). イオン源
kasokuki_gaiyou_pic02RFイオン源とセシウムスパッタイオン源を常備し、ほとんど全ての安定原子核の負イオンビームを迅速に生成することができる。大地電位に置かれるため、保守、操作性に優れている。

 

<RF放電-電荷交換負イオン源>
主としてヘリウム(3He、4He)の負イオン生成に用いる。石英放電管中で高周波(RF)電磁場によりガスを電離し、放電プラズマ中の正イオンを5keV程度で引き出す。ルビジウム蒸気中にこの正イオンを通すと、共鳴電荷交換反応により、最大約2%が負イオンに変換される。負イオンは、ダブルギャップレンズにより30keVに加速、収束される。4μAの4He-イオンが1000時間以上連続して発生できる。残留ガスとの電荷ストリッピング反応による負イオンの損失を最小限に抑えるため、150l/sのターボ分子ポンプがこのイオン源直後に取り付けられている。

 

<セシウムスパッタ負イオン源(SNICSⅡ)>kasokuki_gaiyou_pic03
希ガス以外のほとんど全ての安定原子核の負イオン生成ができる。セシウム蒸気中で生成したい元素を含む物質を陰極とし、タンタルフィラメントを陽極として、表面電離によりセシウムプラズマをつくる。セシウム正イオンが陰極を衝撃するとき、陰極構成原子がスパッタリングにより負イオンとして陰極表面から多量に放出される。5keV程度で引き出された負イオンは、ダブルギャップレンズにより32keVに加速、収束される。
エミッタンスは 6-8π mm・mrad・(MeV)1/2程度である。

 

主要負イオンの電流値(SNICSⅡ)
イオン種 電流(μA) イオン種 電流(μA) イオン種 電流(μA) イオン種 電流(μA)
1H 40 13C 2 Al2 10 As 30
7Li 2 28Si 150 VH 25 Au 150
11B 56 Ta 6 Ni 40
12C 260 P 155 Cu 40

2). 低エナジービーム輸送部
kasokuki_gaiyou_pic04イオン源では多様な負イオンが生成される。この質量選別のためと、二種類のイオン源の切り替えのために±30°偏向電磁石が用いられる。偏向能力ME/z2は4.8 amu・MeV/z2、分解能M/DMは20である。ビーム調整のために、ファラデーカップ、アインツェルレンズ、静電XYスティアラが用意されている。輸送管は330l/sのターボ分子ポンプにより、10-6Pa台の到達圧力に排気されており、イオン源および加速器作動中でも1×10-5Pa台に保たれる。

3).加速器本体
直径1.07m、長さ3.94mのタンク内に同軸状に、直径610mmの2本の加速管を両端にもった高電圧ターミナルが納められている。
低エナジービーム輸送部から入射された30keVの負イオンは、10-5Pa台の高真空に保たれた低エナジー側加速管中で、電圧Vtに保持されたターミナルに向かって加速され、ターミナルでエナジーeVtを得る。負イオンはターミナル内で窒素ガス分子との電荷ストリッピング衝突によりz価の正イオンに変換される。正イオンはさらに高エナジー側加速管中で大地電位に向かって加速され、全エナジー(z+1)eVtを得る。重イオンの場合、5価程度までは比較的容易に生成されるので、最大10MeV程度まで重イオンが加速できる。
負イオンから正イオンへの変換には窒素ガスが用いられている。ターミナルのビーム通過部(カナル)は内径7.9mm、長さ610mmのパイプになっており、1Pa程度に窒素ガスが微量導入される。窒素ガスが加速管に流出すると、加速を終了する前に電荷変換されてしまうイオンが増加し損失となる。
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このガス流出を最小限に抑えるために、カナル出口にバイパス管を設けターミナルに内蔵されたターボ分子ポンプで排気、カナルに循環させている。高電圧の発生は、2本のペレットチェーンでターミナルに電荷搬送して行う。ダウンチャージングの追加等の機能向上により、1本当り150μAが搬送できる。電圧安定性は、コロナ放電電流制御により±1kV以下の変動に抑えられている。コロナ放電電流へのフィードバック信号には2種類が用意され kasokuki_gaiyou_pic06ている。スリットコントロールと、GVMコントロールである。前者は、振り分け後の各ビームラインに置かれた2枚の平行電極(エナジーコントロールスリット)へのビーム電流のアンバランスをフィードバックする。一方後者は、ターミナル電圧測定のために用意された容量分圧型電位計(GVM)の変動をフィードバックする。
加速管の電位分配方式は抵抗分割である。ターミナル付近の電極からは、加速された迷走電子による制動放射X線が放出される。迷走電子が高エナジーに加速されにくいように加速管随所に永久磁石がはり付けられている。更にX線バックグラウンドを下げる工夫が施されている。タンク外周にX線遮蔽のための最大25mmの鉛板が巻かれ、タンク外表面で25μSv/h以下に抑えられている。高電圧の絶縁のためには5.6気圧のSF6ガスが用いられている。運転中はタンク上部に取り付けられた精製器中を循環させ、放電生成物を取り除いている。

4). 高エナジービーム輸送部
kasokuki_gaiyou_pic07330l/sのターボ分子ポンプが、輸送管を到達圧力10-6台に保ち、加速器作動中でも1×10-4程度に保っている。加速管を出たビームの収束を行うために二連磁気四重極レンズ、及び各ビームラインに偏向するための分析・振分電磁石が配置されている。 -45°(M45)、-30°(M30)、及び+45°(P45)の各ビームラインには、ビームプロファイルモニタ、エナジーコントロールスリット(シングル)、ファラデーカップ、磁気XYスティアラ、及び二連磁気四重極レンズが適所に配置され、ターゲット容器への効率的な輸送を図っている。+15°(P15)ラインはマイクロビーム仕様になっている。ビームプロファイルモニタ、エナジーコントロールダブルスリット、ファラデーカップに続き、三連静電四重極レンズ、及び四連静電四重極レンズが配置され、長さ約6mである。二連磁気四重極レンズはME/z2が150amu・MeV/z2までの粒子を各ビームラインのエナジーコントロールスリットに収束させ得るものである。分析・振分電磁石の能力は ±15°±30°及び±45°の偏向に対してそれぞれ72 amu・MeV/z2、18 amu・MeV/z2及び8.6 amu・MeV/z2で、安定度は0.0003%である。四連静電四重極レンズは、2mm間隔で配置された長さ43mmないし77mmの電極を用い、最大5kVが印可される。レンズ出口から150mmの距離に10:1の縮小が可能で、ターゲット上で直径20μmのビーム径を得るために、レンズから4.2m上流の位置で直径200μmから6mmのアパーチャを選択できる。P15ラインは330l/sのターボ分子ポンプで輸送管を到達圧力10-6Pa台に保っている。

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5).ビームライン(BL)とターゲットチェンバ(TC)
kasokuki_1(1)M30BL;総合分析ステーション
内径600mmの真空容器M30TC内に、2軸動作(回転360o、上下39mm)の可能なターゲットホルダ、及びそのターゲット周りを回転移動できる検出器とその駆動機構をもっている。
真空排気は500l/sのターボ分子ポンプで行われ、到達圧力は10-6Paである。
目的に応じた種々の大きさの荷電粒子用半導体検出器が常備されており、ラザフォード後方散乱分光(RBS)、弾性反跳粒子検出法(ERDA)、並びに核反応分析(NRA) が随時行える。
さらに、延長管先端のM30eTCにはSi (Li)又はPIN-Si X線検出器を装備し、粒子励起X線放出(PIXE)分析が行える。通常の真空内照射に加えて大気照射PIXE分析が随時行えるようになっている。真空照射の場合、試料可動範囲は上下180mmである。

 

(2)M45BL;サブアトミック相互作用と波長分散PIXE
M45TCは内径300mmの半円筒状真空容器で、6個の試料を同時装着できる回転ターゲットホルダをもっている。また、ターゲット試料のその場・同時FTIR分析が可能で、イオン飛跡形成機構などサブアトミック相互作用の研究に利用されている。M45eTCには、波長分散型X線分光器(KOBELCO製)が装備され、特性X線エナジーの化学シフトを利用した化合物同定を目指した研究が可能である。検出器は位置敏感型MCP、分光結晶にはPETとSiが常備され、その交換使用により硫黄(2.3keV)から鉄(6.4keV)までのKα-X線測定 kasokuki_gaiyou_pic11が2eVから22eVの分解能で可能である。
試料室と分光器室の真空排気はそれぞれ300l/s、150l/sのターボ分子ポンプで行われ、到達圧力はそれぞれ1×10-5Pa、3×10-6Paである。

 

(3)M15BL;大面積照射と公開デモ・学生実験
連続回転ターゲットホルダを有し、30×600mm程度の大面積試料への照射が可能である。排気装置は250l/sのターボ分子ポンプである。大きなヴューポートから真空槽内を観察でき、見学するには最適な構造になっているので、公開デモ実験や、学生実験に利用されている。前者では、ビームの可視化と磁場によるビーム偏向のデモンストレーションなど、後者の学生実験では原子核衝突(Rutherford散乱)における散乱断面積の散乱角依存性を調べさせている。なお、公開デモ実験としてはM30eTCでの大気照射PIXEも行っている。kasokuki_3.jpg

 

(4)P15BL;マイクロビームと低エナジーイオンビーム
kasokuki_gaiyou_pic14直径20μmに収束できるマイクロビームラインの先端に位置し、内径280mmの球形真空容器内に、ターゲットホルダとなる5軸ゴニオメータ、試料加熱装置をもっている。超高真空仕様になっており、10-5Pa程度までの真空排気は250?/sのターボ分子ポンプを用い、それ以下、到達圧力10-8Paまでの排気は、スパッタイオンポンプとチタンサブリメーションポンプを併用して行う。ターゲット試料の取替はバルブで隔離できる真空側室で行えるよう、試料搬送機を備えている。また、その場で低エナジーイオン注入を行うためのマイクロ波放電(ECR)型イオン源(日新電機製)に接続できる。

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(5) P45BL;注入・その場分析チェンバ
内径600mmの真空容器内に、2種類のターゲットホルダ、及び4系統の検出器ホルダをもっている。真空排気は500l/sのターボ分子ポンプで行われるが、補助ポンプにはスクロールポンプが用いられている。油蒸気の逆流によるビーム照射試料表面への炭化水素堆積を防ぐためである。到達圧力は10-6Paである。
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6).コンピュータ制御
全システムはコンピュータにより制御測定室から遠隔制御される。
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2.加速ビームの利用

1).物質表面近傍の元素定量分析
<RBS分析> ビーム粒子と測定対象原子核との弾性散乱による散乱粒子を検出する。散乱粒子のエナジーは測定対象原子核の質量と試料表面からの位置に依存する。このことを利用して、主としてHeビームを用いて、試料中数μmの深さにわたる多種の元素分布の分析ができる。
本施設では従来から、主として核融合関連試料の分析が行われている。
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<ERD分析>
kasokuki_hajimeni_3beam_pic2  ビーム粒子と測定対象原子核との弾性散乱による反跳原子核を検出する。反跳原子核のエナジーはその質量と試料表面からの位置に依存することを利用して、深さ方向の元素分析ができる。対象原子核より重い粒子を分析ビーム粒子とするため、目的に応じて多種のイオンが有用である。
核融合や水素エナジおいて重要な水素同(H, D, T)の場合は、度の質量のイオンがあり、試料中数100nmさにわたる分布が、10程度の分解能で同析できる。
本施設では従来からして核融合プラズマ関プラズマ診断用試料、固体内核融合関連分析が行われている。

<NRA分析>
ビーム粒子と測定対象原子核との核反応による生成粒子を検出する。核融合や水素エナジーにおいて重要な水素同位体の場合は、ヘリウム3と重水素との反応 D(3He,p)t 等が有用である。

<PIXE分析>
ビーム粒子との衝突により励起された測定対象原子から、X線が放出される。この現象を粒子励起X線放出(PIXE)という。このX線のエナジーは原子特有のもので、X線エナジー分析をすることにより、試料中にどのような原子がどのくらい含まれているかということを知ることができる。本施設では従来から、海洋環境関連試料の分析が行
われている。
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2). 固体内核融合反応の研究
1989年、室温に近い電気分解装置で核融合反応が起こったと報告された。真偽は未だにはっきりしないが、これを契機として固体内核反応の研究分野が形成されている。本施設では、イオン注入方式を用いて関連基礎実験が行われている。

3).イオンビームと固体の相互作用の研究
現在イオンビームは、様々な産業分野でその応用可能性が開拓されつつある。物質極表面の加工、改質、新物質の創製などがその例である。これらの応用のためには、ビームと物質の相互作用の基礎的研究が重要である。

4).中性子の発生・利用
核分裂、核融合を問わず、原子核エナジーの開発において、中性子と物質との相互作用を深く知ることが必要である。また近年、中性子捕捉癌治療法が再評価されるなど、医学利用の観点からも中性子場の研究が重要になっている。中性子は重水素ビームを用いて容易に発生できる。中性子を発生しても室外に漏れることのないよう、実験室の壁は厚さ1mのコンクリートで造られている。

5).原子過程の研究
イオン-原子衝突における、電離、電荷変換、励起等の素過程は、上記の種々の研究と
の関連においても重要である。

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